大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和57年(ワ)462号 判決

原告(反訴被告) 株式会社 鮮京

右日本における代表者 宋茂熙

右訴訟代理人弁護士 伊丹経治

被告(反訴原告) 株式会社富山機械金属製作所

右代表者代表取締役 富山永根

右訴訟代理人弁護士 柳沼八郎

同 若井英樹

右訴訟復代理人弁護士 近藤卓史

主文

一  原告(反訴被告)の本訴請求を棄却する。

二  原告(反訴被告)は、被告(反訴原告)に対し、金一五七七万〇三二五円並びに内金八二二万三二〇〇円に対する昭和五六年六月二四日から支払ずみまで年六分の割合による金員及び内金四五四万七一二五円に対する昭和五七年一月二三日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

三  被告(反訴原告)のその余の反訴請求を棄却する。

四  訴訟費用は、本訴反訴ともに、これを八分し、その七を原告(反訴被告)の負担とし、その余を被告(反訴原告)の負担とする。

五  この判決は、第二項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

(本訴について)

一  請求の趣旨

1 被告(反訴原告。以下、被告という)は、原告(反訴被告。以下、原告という)に対し、三一七七万六八〇〇円及びこれに対する昭和五六年一〇月一日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。

2 訴訟費用は被告の負担とする。

3 仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1 原告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

(反訴について)

一  請求の趣旨

1 原告は、被告に対し、二二六五万四二四〇円並びにうち九一五万四二四〇円に対する昭和五六年六月二四日から支払ずみまで年六分の割合による金員及びうち一〇〇〇万円に対する昭和五七年一月二三日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2 反訴費用は原告の負担とする。

3 仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1 被告の請求を棄却する。

2 反訴費用は被告の負担とする。

第二当事者の主張

(本訴について)

一  請求原因

1 原告は輸出入業等を目的とする株式会社であり、被告は線材金網製造販売等を目的とする株式会社である。

2 原告は、昭和五六年六月一九日、被告との間で、次の内容で原告が被告に対してローカーボンスティールワイヤーロッド(以下、線材という)を売り渡す旨の契約(以下、本件売買契約という)を締結した。

(一) 売買品名 ローカーボンスティールワイヤーロッド

(二) 数量 五・五ミリメートル径 約一〇〇〇トン

七・〇ミリメートル径 約五〇〇トン

(三) 売買価額 五・五ミリメートル径、七・〇ミリメートル径とも一トン当たり七万八五〇〇円

(四) 引渡場所 被告工場

(五) 支払方法 商品実貫引渡後現金払

3 原告は、被告に対し、本件売買契約に基づき、別紙納品一覧表記載のとおり、線材五・五ミリメートル経のもの計三六四トン、七・〇ミリメートル径のもの計四〇・八トン、合計四〇四・八トンを実貫のうえ引き渡した。

4 原告は、右引渡後である昭和五六年九月三〇日、被告に対し、引渡済線材四〇四・八トンの売買代金三一七七万六八〇〇円の支払を請求した。

よって、原告は、被告に対し、本件売買契約に基づき、引渡済線材四〇四・八トンの代金三一七七万六八〇〇円及びこれに対する催告日の翌日である昭和五六年一〇月一日から支払ずみまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

すべて認める。

三  抗弁

1 被告は、昭和五六年六月二三日、吉田商会こと吉田安邦(以下、吉田という)に対し、本件売買契約の代金の前金として四〇〇〇万円を支払った。

2 原告は、本件売買契約の約四か月前の昭和五六年二月五日に被告との間で線材の売買契約を締結するに際し、吉田に対し、以後の原、被告間の売買について包括的に原告に代わって代金を受領する権限(代理権)を授与した。

3 仮に吉田の代金受領権限が消滅していたとしても、被告の吉田に対する右四〇〇〇万円の支払は、債権の準占有者に対する弁済に該当する。

四  抗弁に対する認否

1の事実は知らない。

2の事実は否認する。

五  再抗弁

1 仮に原告が吉田に対して代金受領の代理権を授与したものと認められるとしても、本件売買契約については、原告の韓相苑課長(以下、韓という)が被告代表者に対し、右契約には吉田を介在させず、右契約による代金は原告が直接集金することにしたい旨申し入れ、被告代表者は右申入を承諾した。これに基づき、原告は、本件売買契約については、被告主張の吉田の代理権を消滅させた。

2 右のとおり、被告は、吉田の代金受領の代理権が消滅したことを知っていた。仮に知らなかったとしても、被告が右消滅の事実を知らなかったことについて過失がある。

六  再抗弁に対する認否

すべて否認する。

(反訴について)

一  請求原因

1 本訴請求原因1と同じ。

2(一) 本件売買契約においては、原、被告間において、本訴請求原因2の内容のほか、納期は昭和五六年九月末日とする、売買価額等についての特約として、被告が前金として四〇〇〇万円を支払うときは、一トン当たりの価額を七万六二〇〇円とする旨の合意がなされた。

(二) 仮に右合意が認められないとしても、

(1) 吉田は、昭和五六年六月一九日、被告との間で、被告が前金を支払ったときは、本件売買契約における線材の売買価額を一トン当たり七万六二〇〇円に値引をする旨の合意をした。

(2) 原告は、右合意に先だち、吉田に対し、その代理権を与えた。

(3) 仮にそうでないとしても、

(ア) 原告は、昭和五六年二月五日、吉田に対し、以後の原、被告間の売買について包括的に原告に代わって代金を受領する権限(代理権)を授与した。

(イ) 被告は、右(1)の契約の当時、吉田にその代理権があると信じた。

(ウ) 吉田は、原、被告間の線材の売買において、原告のために、代金額等売買契約の内容の決定を一貫してなしてきたものであり、昭和五六年二月五日の原、被告間の売買においては、被告が前金を支払うことによって一トン当たり一〇〇〇円の値引をしたことがある。更に、本件売買契約に際しては、値引交渉を韓同席のもとに行なった。従って、被告が吉田に右(1)の契約を締結する代理権があると信ずるについて正当の理由がある。

3(一) 被告は、昭和五六年六月二三日、前記特約に基づいて、吉田に対し、本件売買契約の代金の前金として四〇〇〇万円を支払った。

(二) 右2の(二)の(3)の(ア)と同じ。

4 原告は、線材四〇四・八トンを納品したのみで、残余の履行をしない。そこで、被告は、原告に対し、昭和五六年一〇月一二日到達の書面をもって右書面到達の日から五日以内に残余の履行をなすよう催告するとともに、右期間が経過した時に本件売買契約のうち未履行部分を解除する旨の意思表示をした。

5 原告の日本における代表者宋茂熙(以下、宋という)は、その職務を行なうにつき、昭和五六年一〇月六日、本件売買契約について、代金三一七七万六八〇〇円が未払であるとして、右代金債権を被保全債権として有体動産仮差押命令(当裁判所昭和五六年(ヨ)第七〇七四号)を得たうえ、同月八日、被告の工場機械及び材料に仮差押の執行をし、更に同年一一月九日、本件訴訟を提起した。そして、原告は、昭和五八年三月二九日、右仮差押に対する異議事件(当裁判所昭和五六年(モ)第一五二〇二号)について原告の右仮差押申請を却下する旨の判決の言渡を受けたにもかかわらず、同年四月九日あえて控訴した(東京高等裁判所昭和五八年(ネ)第九五一号)。

6 宋は、次のとおり、原告主張の代金債権が既に消滅していることを知り、又は容易にこれを知ることができたにもかかわらず、前記各訴訟行為をなしたものであって、右各訴訟行為は故意又は過失による不法行為を構成する。従って、原告は、右不法行為によって被告に生じた損害を賠償する責任を負う。

(一) 宋は、遅くとも昭和五六年九月二九月ころには、吉田から、同人が同年六月二三日に被告から本件売買契約の代金の前金として四〇〇〇万円を受領し、同月二六日ころそのうち三七七四万八四九三円を原告に交付した事実を説明された。

従って、宋は、右代金債権が消滅していることを認識しながら、右各訴訟行為に及んだものである。

(二) 仮に、宋が吉田の右説明を直ちには信用しなかったとしても、

(1) 右金員授受の事実は、被告代表者に照会し、或いは吉田から資料の提供を受け、更には原告への入金状況などを調べるなどの方法で容易に確認しえたはずである。

(2) 宋の部下である韓は、吉田から原告に三七七四万八四九三円が交付された昭和五六年六月二六日ころ、被告代表者から代金支払確認の問合せを受け、吉田からの右払込が被告からの代金受領によるものであることを知るに至った。従って、宋が韓から右支払の事実を聞き出すことは上司として極めて容易なことであったのに、宋は本件の事情に詳しい韓を十分追及しなかった。

(3) 宋は、昭和五六年六月の時点において、吉田が他の顧客からの回収代金を流用しかつ同人に資力がないことを知っていたのであるから、取引別の売掛代金と吉田からの入金の実態について、財務管理上の通常の注意をもって把握していたならば、三七〇〇万円以上の金員の出所が被告からの代金支払にあることは容易につきとめることができたはずである。

(4) しかるに、宋は、社内の財務管理を怠り、しかも必要な調査をせず、右各訴訟行為に及んだものであって、少なくとも過失の責任を負うことは免れない。

7 被告は、宋のなした前記不法行為により、次のとおりの損害を被った。

(一) 弁護士費用 四五〇万円

被告は前記仮差押命令に対する異議訴訟及び本件訴訟の応訴を余儀なくされ、弁護士費用として三五〇万円を支払う旨約束した。そして、原告が右仮差押異議事件について敗訴したにもかかわらず控訴したため、原告は、その応訴を余儀なくされ、報酬として更に一〇〇万円を支払うことを約した。

(二) 仮差押解放金借入の利息

三〇四万七一二五円 原告によって行なわれた有体動産に対する仮差押の執行は、被告の工場機械及び材料を選んでなされ、被告は、注文主の信用を維持し、契約不履行責任による損害の発生を防止するため、やむなく昭和五六年一〇月一三日、三一七七万六八〇〇円を供託し、右仮差押異議訴訟の勝訴により、昭和五八年四月八日、右供託金の還付を受けた。

被告は、右供託に用いた金員を東武信用金庫から借り入れ、右金庫に右の間に支払った金利は三二〇万五九七五円、右供託金に付された利息は一五万八八五〇円で、その差額三〇四万七一二五円の損失を被った。

現在の社会通念上、右供託金のような多額の金額は金融機関からしか借り入れることはできないのみならず、被告は、原告に対し、昭和五六年一〇月二〇日到達の書面をもって、被告が右供託金の調達によってその金利について損害を被ることを知らせた。

(三) 信用上の損害 一〇〇〇万円

被告は、右仮差押の執行により、昭和五六年一〇月九日から同月一五日まで操業停止を余儀なくされ、契約を解除された注文先があるほか、得意先に対する納品のために同業者から製品を買って納めるという変則的な手段をとらざるをえず、その間収益を上げることができなかった。のみならず、被告は、右仮差押の執行を受けたことにより、業界内で、被告は材料費を支払わないというような風評が流れ、営業上の信用を著しく害された。右の損害額は、一〇〇〇万円を下らない。

よって、被告は、原告に対し、本件売買契約の未履行部分の解除による原状回復請求権に基づき、九一五万四二四〇円及びこれに対する原告の右金員受領の日の翌日である昭和五六年六月二四日から支払ずみまで商事法定利率年六分の割合による利息と、不法行為による損害賠償請求権に基づき、前記損害額のうち一三五〇万円及びこれから弁護士費用のうち三五〇万円を控除した一〇〇〇万円に対する反訴状送達の日の翌日である昭和五七年一月二三日から支払ずみまで民法所定の年五分の剤合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1の事実は認める。

2の(一)の事実は否認する。2の(二)の(1)の事実は知らず、同(2)の事実は否認し、同3の(ア)の事実は否認し、(イ)の事実は知らず、(ウ)の事実は否認する。

3の(一)の事実は知らない。3の(二)の事実は否認する。

4の事実は認める。

5の事実は認める。

6の事実はすべて争う。

7の事実はすべて否認する。

三  抗弁

本訴における再抗弁1及び2と同じ。

四  抗弁に対する認否

すべて否認する。

第三証拠《省略》

理由

一  本訴請求原因事実及び反訴請求原因1の事実は、すべて当事者間に争いがない。

二  本訴請求原因に対する抗弁及び再抗弁について検討する。

1  《証拠省略》によれば、抗弁1の事実が認められる。

2  《証拠省略》を総合すれば、原告は、大韓民国の総合商社で、同国の浦項製鉄所製造にかかる線材を輸入して日本国内の線材加工業者に販売しようとしたこと、ところが、日本国内の綱材市場にあっては国内高炉業者の支配力が極めて強力で、線材加工業者が安価な外国産線材を公然と購入することは非常に困難な状況にあったので、原告は、線材加工業者との間で吉田商会が売主であるかのような外形を整えて線材を販売する方法を採用したこと、原告は、吉田の紹介により被告と線材の取引を始めるようになり、昭和五六年二月五日、被告との間で、原告が被告に対して線材二〇〇トンを代金一五一〇万円で売り渡す旨の契約を締結したが、その際、原告は、吉田からの、同人が紹介した顧客を原告に奪われないようにしたい趣旨の要望を容れ、吉田との間で、右売買代金の回収について、吉田が吉田商会名義の請求書を被告あてに発行し、吉田が発行する吉田商会名義の領収証の交付と引換に吉田が被告から右代金の支払を受ける方法によるものとする旨の合意をなしたこと、そして、吉田商会名義の請求書や領収証は吉田においてのみこれを作成、発行することができ、原告がこれを作成することは当然禁じられていたこと、従って、右代金の回収は、原告においてはこれをなすことができず、吉田においてのみこれをなすことができるものとされたこと、そして、実際も、右代金は、吉田が発行した吉田商会名義の請求書により被告に対して請求され、吉田発行の吉田商会名義の領収証と引換に被告から吉田に支払われたこと、その後の同年四月九日、原告と被告との間で、原告が被告に対して線材一〇九〇・一一トンを代金八三三九万三四一五円で売り渡す旨の契約が締結されたが、右代金の回収も、右同様の方法でなされ、何らの問題も生じなかったことが認められ、従って、原告は、同年二月五日、吉田に対し、それ以後、吉田が紹介した顧客である被告との間に成立した売買契約の代金について、これを吉田が原告に代わって受領する権限(代理権)を授与したものと認めるのが相当であ(る。)《証拠判断省略》

3  再抗弁1の事実は、これを認めるに足りる証拠がない。もっとも、右主張に副うような証拠として、《証拠省略》があり(しかし、これによってさえ、本件売買契約締結に立ち会った原告従業員韓、被告代表者及び吉田の間で、右契約締結の際もしくはその前後において、右契約代金の受領について、原告にのみその受領権限があることにし、吉田が従前から有している右受領権限を消滅させることの話合はなされていないことが認められる)、《証拠省略》中には、韓は、昭和五六年五月上旬、被告代表者に対し、今後被告との直接取引(吉田の関与を排除する趣旨)をしたい旨を申し入れるとともに、原告としては代金の請求書及び領収証を原告名義で発行することにしたいが、被告においても右取引方法によることにつき問題はないかとの質問をし、被告代表者から大丈夫である旨の回答を得、これによって、吉田を排除して原告が直接代金を受領する方法で取引をなすことについて被告が了解したものと判断し、その後、吉田に対しても右同様の申入をなし、同人の承諾を得た旨の記載部分や証言部分がある。しかしながら、《証拠省略》によれば、本件売買契約の代金請求についても、吉田は、昭和五六年九月二〇日付で、別紙納品一覧表の番号(1)ないし(6)の各納品について吉田商会名義の被告あての請求書を発行しており、しかも、右請求書は、韓が吉田に対して納品日、納品数量等を教示しなければ、吉田がこれを発行することはできない状況にあったことが認められる。それゆえ、右認定事実や原告の右主張事実を否定する趣旨の《証拠省略》に照らして考えると、原告の右主張に副うような前掲各証拠はたやすく措信することができない。

従って、本件売買契約の代金の受領について、吉田の受領権限は消滅したものということができないから、再抗弁は、その余について検討するまでもなく理由がない。

4  以上に述べたとおり、本訴請求原因に対する抗弁は理由があるから、本訴請求は失当である(なお、本件売買契約に基づく履行完了分の代金債権額は、三で述べるとおりである)。

三  反訴請求原因2について検討する。

1  反訴請求原因2の(一)の事実は、これを認めるに足りる証拠がない。もっとも、《証拠省略》中には、右主張に副う記載部分、証言部分、供述部分があるけれども、これらは、本件売買契約の契約書には被告主張の右合意は記載されていない事実(これは、《証拠省略》により明らかである)に照らして、たやすく措信することができない。

2  反訴請求原因2の(二)について検討するに、《証拠省略》によれば、吉田は、昭和五六年六月二三日、被告代表者に対し、本件売買契約の契約書写の余白に、本契約履行については前金として四〇〇〇万円を領収すれば一トン当たりの単価を七万六二〇〇円に減額する趣旨を記入したうえ、吉田商会の記名押印をし、吉田の記名押印をした書面を交付したことが認められ、従って、吉田は、同日、被告代表者に対し、本件売買契約について、被告が前金四〇〇〇万円を支払えば、線材の価額を一トン当たり七万六二〇〇円に値引をする旨の意思表示をしたものというべきではあるけれども、原告が吉田に対し、被告との間で代金の値引に関する合意をなす代理権を授与したことを認めるに足りる証拠はない。よって、吉田の有権代理行為に基づき、原、被告間に代金減額の合意が成立した旨の主張は、理由がない。

原告が昭和五六年二月五日に吉田に対して以後の原、被告間の売買契約の代金受領の代理権を与えたことは前述のとおりであるが、仮に、被告代表者において、同年六月二三日、吉田から右書面を交付された際、吉田に原告を代理して代金減額の合意をなす代理権があるものと信じたとしても、被告代表者が右のように信ずるについて正当の理由があるものということはできない。即ち、《証拠省略》を総合すれば、昭和五六年二月五日の原、被告間の売買契約について、被告が前金を支払うことにより一トン当たり一〇〇〇円の値引がなされたことはあったけれども、右値引は、吉田と被告代表者との間の話合だけで取り決められたものではなく、韓が被告代表者に対して右値引を承諾したことによって初めてその効果が生じたものであること、しかも、右売買契約、同年四月九日の原、被告間の売買契約及び本件売買契約の各締結の際、吉田は合意成立に至る下交渉に関与し、右各契約締結にも立ち会ってはいるものの、右各契約そのものは、韓及び被告代表者が面談して契約書に押印することによって締結されたことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。そして、本件売買契約締結の際、代金の値引交渉がなされた旨の主張については、《証拠省略》中にはこれに副う記載部分、証言部分、供述部分があるけれども、これらはたやすく措信することができず、他に右主張事実を認めるに足りる証拠はない。そして、右に述べたところに、吉田が原告から授受されていた権限は、契約により定められた代金を受領するだけの権限(準法律行為についての代理権)であって、契約内容を取り決めたり右合意内容そのものを変更したりすることができる代理権(法律行為についての代理権)とは性質が異なるものであることをも考え合わせると、被告代表者において、吉田に右代金減額の約定をなす代理権があるものと信ずるについて正当の理由があったものとはいうことができない。従って、吉田の表見代理行為に基づき、原、被告間に代金減額の合意が成立した旨の主張は、理由がない。

3  以上のとおり、反訴請求原因2の主張は理由がないから、本件売買契約に基づく履行完了分として被告が負担すべき代金債務額は、三一七七万六八〇〇円というべきである。

四  反訴請求原因3及びこれに対する抗弁については、二において述べたとおりである。

五  反訴請求原因4及び5の各事実は、当事者間に争いがない。

六  反訴請求原因6について検討するに、吉田が原告の代理人として昭和五六年六月二三日に被告から本件売買契約の代金の前金として四〇〇〇万円を受領したことは前述のとおりであるところ、《証拠省略》を総合すれば、吉田は、同年九月二九日ころ、原告の事務所を訪れ、原告の日本における代表者である宋に対し、吉田が同年六月二三日に被告から本件売買契約の代金の前金として四〇〇〇万円の支払を受けた旨、及び吉田が同月二六日ころ原告に交付した株式会社三和銀行虎ノ門支店長振出の額面合計三七七四万八四九三円の小切手二通(宋は、同月二六日より少し後に、右小切手二通が吉田から原告に交付されたことを知った)は、吉田が受領した右四〇〇〇万円の一部である旨の説明をしたこと、韓は、同年九月三〇日、宋の命令を受けて右四〇〇〇万円の支払の有無を確かめるため被告事務所を訪れ、被告の取締役から、被告が同年六月二三日に吉田に対して四〇〇〇万円を支払った旨の説明を受け、被告の右支払の事実を確認したことが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

また、吉田の代金受領の権限が消滅していないこと及びこの点に関する《証拠省略》は措信することができないことは前述のとおりであり、宋は、韓の上司として、事実関係を把握していたはずであるから、吉田の代金受領の代理権が消滅していないことを知っていたものと推認すべきであるし、仮に、韓から、証人韓の証言にあるような報告を受けていたとしても、前述のとおり、吉田の右権限消滅については確たる証拠もなかった(書証としては、わずかに前掲甲第六号証が存在するくらいであるが、同号証(この作成日付は昭和五六年一〇月九日であるから、これは、前記仮差押決定がなされた同月六日よりも後に作成されたものと認められる)の名宛人が原告ではなく韓となっている点に《証拠省略》を考え合わせると、同号証は、宋が直接吉田から交付を受けたものではなく、韓が吉田に作成してもらったものを宋に交付したものと認められる)うえ、《証拠省略》によれば、宋は、韓と吉田との間に何かがあるのではないかとの疑惑の念を抱いたというのであるから、吉田の代理権について直接吉田や韓から事情を認くなどし、また、唯一の書証ともいうべき右甲第六号証の信憑力について吟味しておれば、吉田の右代理権が消滅したものとはいえないことは十分に認識することができたものというべきである。

以上に述べたところによれば、宋は、昭和五六年九月末ころ、本件売買契約に基づく履行完了分の代金債権は既に弁済により消滅したことを認識していたもの、もしくは少なくとも、容易に認識することができたのに過失により認識しなかったものというべきである。

してみると、宋のなした反訴請求原因5の各訴訟行為は、不法行為を構成するものというべきであって、原告は、その日本における代表者である宋がその職務を行なうにつきなした右不法行為によって被告が被った損害を賠償する責任を負うべきである。

七  そこで、被告の被った損害について検討する。

1  《証拠省略》によって認められる前記仮差押命令に対する異議訴訟の事案の難易、右仮差押申請における被保全債権額等、及び本件訴訟の事案の難易等の諸般の事情を斟酌すると、右不法行為と相当因果関係に立つ損害としての弁護士費用は、三〇〇万円をもって相当と認める。

2  《証拠省略》によれば、右仮差押の執行は被告の工場機械及び材料に対してなされたため、被告は操業停止を強いられたこと、そこで、被告は、注文主の信用を維持し、契約不履行責任による損害の発生を防止するため、やむなく、昭和五六年一〇月一三日、右仮差押の被保全債権額である三一七七万六八〇〇円を供託して右仮差押の執行の取消を求め、右仮差押異議訴訟における被告勝訴の判決により、昭和五八年四月八日、右供託金の還付を受けたこと、被告は、右供託に用いた金員を東武信用金庫から借り入れて調達し、右金庫に対し、右の間の利息として三二〇万五九七五円を支払った(なお、利率は、昭和五七年五月三一日までが年七分五厘、同年六月一日以降は年六分二厘五毛であった)こと、右供託金に付された利息は一五万八八五〇円であることが認められる。

そして、現在の社会通念上、右供託金のような多額の金額は金融機関から借り入れて調達するのが通常であることに、《証拠省略》によって認められるとおり、被告は、原告に対し、昭和五六年一〇月二〇日到達の書面をもって、被告は右供託金の調達によって利息についても損害を被ることを知らせたことをも考え合わせると、右供託金の調達に伴って被告が東武信用金庫に対して負担した利息から右供託金に付された利息を控除した残額である三〇四万七一二五円の損失は、原告の右不法行為と相当因果関係のある損害もしくは原告においてその発生を予見しえた損害というべきである。

3  《証拠省略》によれば、被告は、昭和二六年六月に設立された年商約一〇億円、従業員約三〇名の線材金網製造販売等を目的とする株式会社である(被告が右目的の株式会社であることは、当事者間に争いがない)ところ、右仮差押の執行により、昭和五六年一〇月九日から同月一三日まで操業の一時停止を強いられ、その間、注文主に対しては、他の同業者から製品を購入してこれを販売するなどして、本来の収益を上げることができず、また、被告は材料の代金を支払わないから仮差押の執行を受けた旨の噂が流れ、被告の材料の仕入先から、右噂の真偽についての問合せを受けるなど信用上の損害を被った(もっとも、右噂は、被告が仮差押解放金額を供託することにより右仮差押の執行が取り消され、操業が再開されてからは沈静化した)ことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。そして、右損害を金銭をもって評価すると、一五〇万円をもって相当と認める。

八  以上によれば、原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却し、被告の反訴請求は、本件売買契約の未履行部分の解除による原状回復請求権に基づき、被告の弁済額四〇〇〇万円から右契約の履行完了分の代金額三一七七万六八〇〇円を控除した残額である八二二万三二〇〇円及びこれに対する右金員受領の日の後である昭和五六年六月二四日から支払ずみまで商事法定利率年六分の割合による利息と、不法行為による損害賠償請求権に基づき、前記損害額合計七五四万七一二五円及びこれから弁護士費用三〇〇万円を控除した四五四万七一二五円に対する反訴状送達の日の翌日である昭和五七年一月二三日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるからこれを認容し、その余は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担について民訴法八九条、九二条を、仮執行の宣言について同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 山﨑宏)

〈以下省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例